小学校時代の先生/叩かれ立たされ座らされた1980年頃

こんにちは、五十恵です。

今日は小学校時代の担任の先生について書いてみたいと思います。

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先生

私が小学生だったときの担任先生は、男の先生でした。

50代で少し白髪交じり。先生の机の上にはいつもタバコの缶ピースが置いてありました。

当時は、教室で当たり前のようにタバコを吸っていて(もちろん授業中は吸いません)、掃除当番で先生の机を拭くといつも灰が散らばっていて汚かったことを覚えています。

真剣に遊ぶ先生

怒るときはとても怖く、遊ぶときは一緒に遊ぶ。

将棋が好きだった先生は、将棋のできる子たちを相手によく遊んでいました。授業を少し早めに終わらせて休み時間を長くしてくれたこともあります。

授業(内容)が進みすぎているからという理由で、1時間全部の授業を中止してレクリエーションの時間と称して遊び時間にしてくれたこともありました。本当に進みすぎていたのか定かではありません。

そういう時は必ず、「隣の(教室の)授業の邪魔にならないように、静かに遊べ」と言われました。子供が静かに遊ぶことは不可能ですし、先生も一緒になって盛り上がり結局大騒ぎになってしまい、隣のクラスの先生が「○○先生(担任の先生)少し静かにしてもらえますか」と注意に来ることありました。

教室で遊んだゲーム

いまのようなスマホや携帯ゲームは無い時代なので(ポケットゲームのようなものはありましたが校内は持込禁止でした)、将棋、トランプ、折り紙、紙にマス目と○×を書いて遊ぶ五目並べのようなもの、鉛筆を使って陣地を攻め合う戦争ゲーム(名前は特に決まっていなかった)、プラスチックのチェンリング(お手玉のような遊び方)など。

怖くて厳しい

しかし、授業態度が悪かったり、宿題を忘れたときはとても厳しかったです。

私は女ですが、平手打ちで(体が吹っ飛ぶほどの強さで)叩かれたことがあります。叩かれたことは鮮明に覚えているのですが、何故叩かれたのか・・・忘れました。

授業中の態度が悪いときは教室の後ろで立ったまま授業を受けさせられました。

廊下に立たせると授業内容が分からなくなってしまうので、「廊下に立ってろ!」ではなく「教室の後ろに立ってろ!」です。

真面目に立っていると、授業の途中で「席に戻って良し!」とお許しが出ます。お許しが出ると、嬉しいやら照れくさいやらでみんなニヤニヤしながら席に戻りました。

宿題を忘れると、休み時間に廊下で正座をして宿題をやらされました。(正座をして床にノートや教科書を広げて宿題をする)

さらし者になるわけですが、宿題を忘れた自分たちが悪いんだから仕方ない、と廊下での宿題を拒む人はいませんでした。数人がズラリと廊下に正座で並び、みんなで宿題をやるという光景も見られました。

隣のクラスの先生が通りかかると「宿題か・・・?(ニヤニヤ)」「あ、はい・・・(ニヤニヤ)」

今となっては、いい想い出のひとつです。

隣のクラスの先生

隣のクラスの先生は女の先生でした。

1メートルの木の『ものさし』を持ち歩いていて、怖かったです。

小学生のときから猫背だった私は、背中を叩かれて「背筋を伸ばせ!」とよく注意されていました。自分では伸ばしているつもりなのに、洋服の中にものさしを突っ込まれ「ものさしに背筋を合わせろ!」いつも怒っているような命令口調だったので苦手でした。

隣のクラスの子は優しい先生だと言っていたけれど、私はいつも怒っている部分しか見ていないため、その先生の良さはひとつもわからないままです。ものさしで叩かれても結局猫背は治りませんでした。

信頼

怒られた時は嫌いになるけれど、基本的には優しかった。

一緒に学び一緒に遊ぶ。

「先生が好きな歌があって、ぜひみんなにも覚えてほしい」と朝の会の時間を使って教えてくれたり、音楽会でテレビドラマのテーマ音楽をやりたいといったら「珍しくていいじゃないか」と私たちの意見を聞いてくれたり。当時はドラマの音楽を音楽会でやることは例になかったので、演奏をしたときは保護者席もどよめきました。

会場中がノリノリで気持ちよかったです。

 

厳しく優しく、当時は特に考えませんでしたが、今思えばとても良い先生に教えてもらったなと思います。

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動きたくない五十恵さん

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