自分史Ⅴ

記事を一部書き直して再投稿しました。

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自業自得・・・

トイレとお風呂以外は自室から出なくなり、食事は部屋の前に置いてもらうという生活でした。

お風呂も入る気力がまったくなかったので、週に1~2回入ることができれば良いほうでした。自分が汚いとか不潔だとか、そんなことを考える余裕もなかったし、誰にも会うことはなかったので不潔だろうが多少臭っていようがどうでもよかったのです。

現在のように携帯やパソコンがなかった時代なので、ラジオを聞いたり、テレビを見たり、絵を描いたり、別の人間になったらどんな生活をしているだろう・・・と想像したり空想したり、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で一日中過ごしていました。

どんどん病んでいき、枕の下にカッターナイフを置くようになりました。
勇気はありませんでしたが、いつの日か衝動的に・・・・・とこっそり枕の下に隠していました。

しかし、そのカッターナイフは寝ている間かお風呂に入っている間に没収されたらしく、気がついたら無くなっていました。

前回の自分史vol.4の記事で普通の子と太鼓判を押されましたが、この頃には普通でなくなっていたのかもしれません。

小雪がちらつく寒い日、突然母親が部屋に入って来て私を外に引っ張り出しました。

「一緒に死ぬから来い!」

「○○川(家の近くを流れる川)に飛び込むから!」

こういう時の力は強いです。

パジャマ姿のまま、ズルズルと引きづられて行きました。
裸足のまま庭まで引きづられていき、車庫の柱に必死でしがみつき抵抗しました。

─自分で死のうとは考えたけれど、殺されるのは嫌だ─

庭で大騒ぎしたので近所の人も見ていたかもしれませんが、抵抗するのに必死だったので周りは一切見えていませんでした。とても長く感じましたが、それほど長くは体力も気力も続かなかったと思います。

私が車庫の柱にしがみついて離れないと、母親は何も言わず家の中に入って行きました。私もあとに続いて入りました。
パジャマの片方の袖が破けて取れていました。

嘘をつかれ、騙され、こんなことまで。

私が全部悪いのですが・・・。


中学校の卒業式には出席せず、校長室でリーゼント頭のツッパリ不良少年とふたりで卒業証書を受け取りました。
先生からは、『普通ならこんな出席日数じゃ卒業なんて無理だけど卒業させてやる。』と言われました。

卒業文集の作文も掲載はなく、卒業写真も載っていません(欠席者としてすら掲載してもらえませんでした。)自業自得なのはわかってます。

その後、高校へも行かなかったので私の最終学歴は中卒です。
中卒でもなんとかなると当時は思っていましたが、現実は厳しかった。
いまも厳しいです。

学歴もなく資格もなく、体調を崩す度に転職するので職歴もひどい有り様です。

どこかで勇気を出して一歩踏み出していたら…。
もうこの年になってしまったので人生の軌道修正は不可能に近いですが、若いうちに勇気を出して一歩踏み出していれば・・・もう少し楽しい人生が歩めたでしょう。

一歩踏み出さなかったばっかりに、人生の大半を無駄にし中身が空っぽの大人になってしまいました。

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動きたくない五十恵さん

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